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スイジョウチカン  堺市とテレビとWEBと販促と

自分の半径2Mの現象から世の中の流行を冷めた仕草で熱く見るブログ 大阪堺にある個人店のデジタル機器をサポートするサンデボーテの中の人が心の琴線に触れたことを語る水上近感ブログ

ボランティアか鬼か 見方を変えると幸せの定義は変わる

朝にタイムライン観ていて何気なく開いたリンク先の文章
あまりにも衝撃ありすぎてさっきから同じ文章がぐるぐる回ってる


ボクのおとうさんは、ボランティアというやつに殺されました。
 http://jiburi.com/seigi/ @JIBURlさんから

リンク開いたのはあるフォロワーさんのつぶやき
最近テレビ業界でブームな日本人が○○してるのと同じだよね


そういう批判もあるわな(笑
とおもってリンク先開いたら
桃太郎を例示したボランティアと現地の人の
他者目線の違いとう話だったので脳内の処理が追いついてない



コップの中の水がもう半分しかないのか
まだ半分あるのか そういう話の比較ではない

考え方ではなく定義の問題だ


このブログを先に読んでから
ネタ元であるこのブログを見つけた


「新聞広告クリエーティブコンテスト」最優秀賞が衝撃的 /
 小鬼が泣きながら「おとうさんは、桃太郎というやつに…」
 http://youpouch.com/2013/10/18/138978/ @youpouchさんから


先に協力隊の方を読んで良かった
説得力が違いますもん
(これこそ他者目線だよね)


どの視点でその対象を捉えるかによって、しあわせは変わるものだと考えました。

見方を変えると幸せの定義は変わる 
視野を広げないといかんわけでございます



ボランティアのこの話が思いついた話であって
創作なのかどうなのかがポイントなんだけど
そこは気にしない


頭の中で問題提起になるだけでも意味がある


ボランティアという言葉の意味


二人居れば必ず 多面性が生じるわけだし
多角的に考えないと自己満足だけで終わる
相手の立場になりきって考えないと
何事も成果はでない

しかも国や文化 そして立場も違う


他者目線は想像だけでは理解できない


ボランティアか鬼なのか
じっくり考えてみますか