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スイジョウチカン  堺市とテレビとWEBと販促と

自分の半径2Mの現象から世の中の流行を冷めた仕草で熱く見るブログ 大阪堺にある個人店のデジタル機器をサポートするサンデボーテの中の人が心の琴線に触れたことを語る水上近感ブログ

「よく見ておこう、この風景を 今がどん底だから」

少し時間が無いので 今日は手短に

この前はなまるマーケットみてたわけです はなまるカフェのゲストは武田鉄矢さん

純と愛の父親役のインパクトありすぎて イメージ悪くなってたけど この日でイメージがいっぺんした

自分のイメージは金八先生からしかはじまってないけど その前にいろいろあったんですね

はなまるの話を参考に ネットサーフィンして少し掘り下げてみる

海援隊でデビューして上京したけど 鳴かず飛ばず

もう売れないならこれで最後という気持ちで 福岡の親に詫び状のつもりでつくった 母に捧げるバラードが大ヒット

紅白歌合戦に出場したもの その直後から人気は失速

紅白に出た翌年の大晦日には 皿洗いのバイトをするようになっていた

海援隊のファンだった奧さんと 妊娠がきっかけで結婚したが ほんまに稼げていなかったらしい

バイトを言えて大晦日に帰宅途中奧さんが一言 「よく見ておこう、この風景を 今がどん底だから」

「あとはもう、上がるだけ」 この瞬間自分の中で何かがスパークした いつもはガツンという感じだけど 今日は今までで一番心に突き刺さった

この時妊娠してたけど 武田鉄矢さんは食わせる自信が無かったので 歌手を辞めて田舎に帰るつもりだったそうです

奧さんはその時も

「赤ちゃんはそんなに食べないから 大丈夫よ」

結婚するときも 「貧乏が嫌なんで  神様が子どもを授けてくれたんだわ」

このスーパーポジティブな感覚 半端ないけど自分にないページだわ

生きているということはいろいろなものが減っていくわけです コップの水 後半分あると考えるか もう半分しかないと考えるか

鉄也さんの奧さんは まだ半分あると考えてたわけです そういう覚悟は出来ていたということ

年が明けて 山田洋次監督から連絡があり 幸せの黄色いハンカチ出演のオファーがあって 俳優として新境地を開拓

2年後に金八先生が始まって 今に至るわけです

武田鉄矢さんは 「奧さんに尻を叩かれながら生きてきた人生」と言ってましたが

自分に足りないのはこういうところだよな

開き直りとふてくされるは違う

イヤだなと思う方に進んでいかないと克服できない

まずは開き直ってできることから初めていくとしますか