スイジョウチカン  堺市とテレビとWEBと販促と

自分の半径2Mの現象から世の中の流行を冷めた仕草で熱く見るブログ 大阪堺にある個人店のデジタル機器をサポートするサンデボーテの中の人が心の琴線に触れたことを語る水上近感ブログ

「おいしい」という言葉の意味で考える 第三者の目線で自分を見ることへの大切さ



今朝の朝ドラではっとしたので
それでつらつらかいてみます


朝の恒例行事である朝ドラごちそうさん
ふ久ちゃんがおいしいという事が
ようやくわかったんですね


なぜ石が落ちるのか理由を考えるような
哲学チックなお子さんなんですけど


食べ物で興味がなく
何を食べてもおいしいといわなくて
母親であるめ以子がナヤンデルタール人
だったわけです


ある日外出先でアイスクリン食べて
美味しいといってたので
母親として家で納豆を使って
トルコアイス的なものつくったんですが

め以子「昨日の方が好き?」

ふ久「ううん」

め以子「よかった 昨日の方好きと言われたら
     お母ちゃん悔しいし」

ふ久「これがおいしいということやったんか
    うち美味しいってわからんかったんや 
    おじいちゃんの美味しいってうちわからんやん
    昨日のアイスクリンは変な味やなとおもて」

活男(長男)「もしかして友達の家でご飯食べたことない?
        おかず交換したことない?」
  
ふ久  「うん」



要するにふ久は他の家のもんも食べたことなかったわけです
だから自分の家の味と母親であるめ以子が美味しいのもしか
食べてなかった




め以子は食いしん坊であり洋食屋の娘であり
舌が肥えていたので 作る料理も美味しく
その家で育ったふ久は今までマズイものを
食べたことがなかった


それが外食としてアイスクリンを食べて
その違いに気づいたわけであります


だから美味しいということがわかってなかった



会話に戻ります

め以子 「そうやったん?」

ふ久「これが美味しいやったらずっと美味しかった」


自分も同じ経験したことを思いだした
初めて友達の家に泊まる時に
食べたとんかつの味でショック受けた



そのお友達のお父さんは上場企業の家で
お金持ち 料理も使ってるものもおかずも
食材も全部豪華だった
(我が家は涙の貧乏)

なのに美味しくない 
食いしん坊のキャラなので
おかわりをすすめられたけど
緊張して食べれませんと言い訳したことを
今朝の朝ドラで思いだした

おかんの味に慣れているのもあるけど
この時におかんの料理旨いことに気づいて
さらに食べるようになったわけでごわす
(それはあかん)


美味しさの基準っで結局自分の尺度やもんね

テレビに出てくるようなええお店で

「お口にあいますかどうか」
と言われることようわかってはるなと思う


万人に受ける味もあるけど
好き嫌いがあるから
合う合わないことはあるもん



結局自分の考え方って
ごり押しなところもあるわけだ

いいと思ってるのは自分だけかもしれん
確かに根拠の無い自信がないと
物事がはじめれない場合もある


だ け ど
第三者の目線って必要ですわ
自分以外の誰かに商売を
支持されないと何も始まらない

他人の忠告は神の声と言われているし
クレームってそのお店に変わって欲しいから
おっしゃって貰える大切な主張

誰でも自分がかわいいし
根拠の無い自信も必要だが
聞く耳ももっておかないといけないね



ほなさいなら(*・ω・)ノ